By Cafesba , 30 9月, 2025

アメリカでのSCAAの設立によって、コーヒーがスペシャリティがどうかを定義する評価基準が作られました。

1.Flagrance(香り) 粉の香りと液体の香り
2.Flavor(風味) 液体を口に含んだ時の評価
3.Aftertaste(後味) 飲み込んだ後の余韻
4.Acidity(酸味) 心地よい明るさやジューシーさ
5.Body(口当たり) 舌触りや重量感
6.Balance(バランス) 各要素が調和してるか
7.Sweetness(甘み) 未発酵豆などの欠点が無く、ポジティブな甘みを感じるか
8.Uniformity(一貫性) 複数カップで同じ品質か
9.Clean Cup(雑味のなさ) 雑味がなく明瞭かどうか
10.Overall(総合評価) 全体の品質

By Cafesba , 28 9月, 2025

スペシャリティーコーヒーを扱う業者が増え、1982年にアメリカスペシャリティコーヒー協会(SCAA)が設立されます。
ニューヨークブルックリンのGillies Coffeeのドナルド・シェーンホルトとカルフォルニア州の焙煎業者Lingle Bros社のテッドリングルが主導し、サンフランシスコのCoffee, Tea and SpiceのバルデンハウファーやRoyal Coffeeのピーター・マクラフリン、コーヒー輸入商ジョン・ランドールらを中心に設立されました。
スペシャリティコーヒーの概念を提唱したエルナ・クヌッセンや当時まだ創業10年目をすぎたばかりのスターバックスの創業者のジェリー・ボールドウィンも参加しています。
スペシャリティコーヒーというは特別な地理条件や微小な地域の気候によって生み出された、ユニーク(個性的、特別)な風味を持つコーヒーで、高品質なコーヒーです。
では、何をもって高品質とみなされるか。
その高品質の共通の基準を、スペシャリティコーヒーという新興のジャンルに関わり始めた業界関係者によって定義しようという動きが生まれました。

By Cafesba , 27 9月, 2025

このような背景で、味にこだわったファン層から高品質のコーヒーが支持されるという流れが出来ました。
カルフォルニア州バークレイのピーツコーヒー(Peet's Coffee)のコアなファンを指してピート二クス(Peetniks)という言葉も生まれました。
そして、そのようなコーヒーは豆の生産地にもこだわります。
豆の生産地にこだわるから、コモディティーコーヒーのように質より量を追求するのではなく、生産ロットは小さくても高品質な豆を追求するために特定の生産地から輸入された豆へのこだわりです。
1974年にTea & Coffee Trade Journalという紅茶やコーヒー業界の専門誌に掲載された記事では、コーヒー商社B.C.アイルランドのエルナ クヌッセンが「特別な地理条件や微小な地域の気候が、ユニーク(個性的、特別)な風味を持つコーヒー豆を生み出す」とし、このようなコーヒーをスペシャリティーコーヒーと呼びました。
これがスペシャリティーコーヒーという言葉の登場です。
その後スペシャリティーコーヒーの概念がアメリカのコーヒー業界に広がり、1982年アメリカでSCAA(スペシャリティーコーヒー協会)というNGOが発足します。

By Cafesba , 26 9月, 2025

1990年代にスペシャリティコーヒーの業者が次々と誕生しましたが、その土台1960年代後半からありました。
当時コモディコーヒーはコンテナ単位で取引されるものですが、その中にはいろいろな生産地から収穫されたコーヒーの麻袋が集められていました。
この麻袋単位で販売することはできないか、
小ロットの麻袋を小規模の焙煎業者に販売することができるのではないかと考えられました。
1960年後半より、アメリカでは小規模の焙煎業者の創業が相次ぎました。
1966年カリフォルニア州バークレイで創業されたPeet‘s Coffeeは、ヨーロッパ式の深煎り・高品質の豆を紹介し、それが地元の学生や知識人に評価されました。
Peett‘s Coffeeの影響を受けてシアトルで1971年に創業されたのがスターバックスコーヒーで、スタバも最初は小規模の焙煎業者でした。
そして、サンフランシスコのコーヒー商社B.C.アイルランドのエルナ クヌッセンはインドネシアのスマトラの生豆などを、小規模焙煎業者にコンテナ単位ではなく麻袋単位で売りました。
このように、1960年代後半アメリカ西海岸で小規模焙煎業者が高品質なコーヒーを提唱し、それらに小ロットの豆を卸すビジネスが展開され始めたのがスペシャリティコーヒーのは走りです。
 

By Cafesba , 26 9月, 2025

1989年のコーヒー危機以降、コモディティコーヒーの価格は金融商品の一種となり、価格は不安定になり、また1986年以降のドイモイ政策によるロブスタ種の新興国ベトナムが国策により供給量を急増させ、コーヒー生産国の盟主のブラジルをも脅かす勢いをつけ、従来の中南米やアフリカの輸出価格が下落しがちになりました。
価格が下がると、コーヒー豆を生産している生産国の農家は価格を下げてもコーヒーが売れなくなり、収入が下がります。
ただベトナムのコーヒーはロブスタ種で、アラビカ種と比較すると低品質とされ、味が落ちるとされます。
その流れで、コーヒー1990年代には味の追求める流れ、つまり価格が高くてもいいから美味しいコーヒーを提供したい、量より質を目指す動きが出て来ました。
アメリカの西海岸で、この動きが活発活発化し、StumptownやIntelligentsia、Conunter Cultureなどの焙煎業者がスペシャリティロースターが1990年に相次いで創業されました。
 

By Cafesba , 23 9月, 2025

コモディティーコーヒーの価格はアラビカ種ならニューヨークの商品取引所、ロブスター種ならロンドンの商品取引所で価格が決まります。
アラビカ種は1ポンド(約453g)あたり何セント、ロブスタ種は1トン(1000kg)あたり何ドルというのが基準になります。
実際には、コーヒーは輸入業者と生産者側の輸出業者の間でたとえば、今後3年間など特定の期間に特定の品質のコーヒーを一定量購入するという契約をすることが多いです。
これを先渡契約といいます。
ただし、コーヒーの収穫量というのは年によって収穫量が増えたり、落ちたりして供給量が変わり、それが需要とのバランスで価格が上がったり下がったりするリスクがあります。
生豆を輸入した後、輸入業者は別の業者に売りますが、その際にコーヒーの価格が、買ったときよりも下落した場合損をします。
単純な例として、コーヒー豆を1年後に100g100円で買い取り、それを焙煎業者や流通業者などに100g120円で売って利益を得ようと計画していたとします。
しかし実際に1年たってみるとコーヒー豆が下落し100g100円で売れず、100g90円でしか売れなくなった場合、10円損失が出ます。
当初は、100g120円で売ろうしていたので、30円計画より利益が減ったことになります。

By Cafesba , 22 9月, 2025

商社の調達によってコ大手コンビニチェーンの巨大なコンビニコーヒー流通網は支えられていますが、これらはいわゆるコモディティーコーヒーが基本です。
コンビニに限らず、スーパーで流通しているレギュラーコーヒー、インスタントコーヒー、缶コーヒー、カフェや喫茶店で提供される多くのコーヒーはコモディティーコーヒーです
コモディティコーヒーは、現在ではニューヨーク商品取引所や一部ロブスタ種がロンドン商品取引所で価格が決定されています。
元々コーヒーは15世紀にエチオピアからイエメンに伝わり、アラブ世界で飲まれるものでした。
17世紀にオランダ人やポルトガル人によって、南米やインドネシアの植民地で栽培されるようになります。
そして18世紀にはこれらの植民地が大規模農園化(プランテーション)され、奴隷労働により大量に輸出がされるようになります。
19世紀後半には鉄道や蒸気船の発達でヨーロッパやアメリカへの大量輸出が可能になり、コーヒーを飲む習慣は一般に広がりました。
やがて、ニューヨーク、ハンブルク、ロンドンにコーヒー取引所が設立されます。
その後、ニューヨークが中心的な役割を果たすようになります。
コーヒーは石油や小麦と並ぶ世界的な商品となり、先物市場で取引されるようになります。

By Cafesba , 21 9月, 2025

大手コンビニエンスストアは店舗数が多く、国内スタバが2千店に対し、セブンイレブンが2万点という店舗数です。
スタバは大手カフェチェーンであり、店舗数も国内最大ですが、コンビニという巨大な流通網は大手カフェチェーンをも大きくしのぎます。
ファミリーマートも1万6千店舗、ローソンも1万4千店舗あり、これらの各店舗にカフェがあれば、最大のカフェということになります。
焙煎業者からこれらの店舗に供給される豆も最大規模になります。
生豆の調達は大手の商社、セブンイレブンの場合は三井物産や丸紅、ファミリーマートの場合は伊藤忠商事系、ローソンの場合は三菱商事系の大手商社ルートから調達しています。
セブンイレブンの場合は、これらの豆を味の素ゼネラルフーズ(AGF)や、UCCが焙煎し、各店舗に供給されます。
商社のコーヒー事業や焙煎業者にとっても、コンビニコーヒーは巨大なビジネスとなります。
コーヒー豆は主にブラジル、コロンビア、エチオピア、グアテマラなどが中心で日本人の好みに合わせて、中深煎り~深煎りが主流になっています。

By Cafesba , 20 9月, 2025

コンビニコーヒーが盛り上がった要因の一つにコーヒーマシンの改良があります。
セブンイレブンのコーヒーマシンは以前は抽出時にサイズを自分で選ぶものでしたがカップを置くとマシンが自動的にサイズを判定し、コーヒーを抽出します。
抽出温度の調整、豆の挽き方の細かい制御、タッチパネルの多言語化などサービスの向上のため改善されてきました。
ファミリーマートは2025年より、業界初のモータードライブを搭載した挽き方調整グラインダを導入し、豆の挽き目を9段階に調整することができるようになりました。
さらに世界No.1バリスタ粕谷哲氏監修のもと、豆から均一にコーヒーを抽出できるようにお湯のかけ方や撹拌方法(抽出時に粉全体が蒸れるようにすること)の改良がありました。
ローソンのマシンはフラットディス式のグラインダーで粉を均一に砕き、抽出のムラや雑味を減らします。
また2018年に抽出速度も2018年にホットコーヒーのSが45秒→25秒に短縮するなどの業界を震撼させる脅威の高速化がなされました。

ローソンの新型「25秒コーヒー」に業界激震 「45秒の壁」が崩壊

By Cafesba , 18 9月, 2025

1970年の大阪万博でUCCの缶コーヒーは全国的に有名になり、大ヒットしました。
その時のUCCコーヒーミルク入りは今でも販売され続けられているUCCの象徴のような商品です。
UCCはUCC上島珈琲という社名の通り、上島さんの設立した会社で、1933年に神戸で上島忠雄商店が開業されたのが起源です。
屋号が社長のフルネームというのはこの昭和8年では普通だったようです。
当時はコーヒーではなくて、バターやジャムのよう洋食材を扱っていました。神戸だと貿易港があり、明治時代から、外国人も多く住み、異国情緒がある街だったのでその影響でしょうか。
そこからやがて、コーヒーも扱うようになりました。
この昭和の初期というのは、洋食店や喫茶店も増えて、そこでコーヒーが提供されることも多くなっていた時代で、上島忠雄商店はコーヒー豆を焙煎し、それらの飲食店にコーヒーを卸すようになりました。
その後1941年に太平洋戦争が始まると、コーヒーは「ぜいたく品」、「敵国飲料」とされ1944年に輸入中止になります。
終戦戦の1950年にコーヒー輸入が再開されました。
このとき上島氏は中古の自転車などとの物々交換でコーヒーをかき集めて、それはコーヒー186俵(約11トン)ほどだったそうです。

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