周夢蝶の屋台書店がきっかけで文人の集まるカフェになる
1959年、明星の軒下に小さな屋台書店が一つ増えました。
当時ロシア人オーナーアスニンらは明星を手放す算段をしており、店内では株主の争いが続いていて、店外の屋台にはまったく構う余裕がなく、屋台はそのまま放置されました。
翌年、簡錦錐(チエン・ジンヂュイ)は明星の唯一のオーナーになりましたが、それでも店先に座っているのが各紙誌に作品が載る詩人だとは知りませんでした。
きっかけは、周夢蝶(ジョウ・モンディエ)が店先で倒れた事件でした。
簡錦錐は「私は彼をまったく知らなかった。彼が廊下で倒れた日、救急車を呼んで病院に運んだ。周夢蝶は目を覚ますと『すみません、三日間食べていなかったのです』と言った」と語っています。
本を一冊売って初めて一食分の金になる暮らしだったと知り、それで彼が周夢蝶だと分かったのです。
彼は店の客であると同時に、店先の名物でもありました。