2023年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行期にアイデアが生まれた5つ星ホテルの高級なパンやケーキ、コーヒーを手軽な価格で 85℃ Coffee Bakery

By Cafesba , 20 7月, 2026
85c bakery cafe Los Angels

1998年にスターバックスが台湾での営業が開始されてから、台湾のカフェも新たな業態が出てきました。

スターバックス以前の1990年代に現れたカフェチェーン丹堤咖啡、怡客咖啡、西雅圖極品咖啡、IS Coffeeは、「イートイン型(座って過ごす喫茶店)」でした。

しかしスタバの登場以降の2000年代は、15坪ほどの小型店で「テイクアウト中心・高回転」を志向するチェーン店が出現し始めました。

これらの店は、camaのように「その場」焙煎の香りの差別化、Louisa の「平価精品咖啡」(スペシャルティコーヒー)、など特色を持っています。

2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行し、人々が屋内空間での飲食を嫌がるようになり、飲食業各社の業績が軒並み落ち込み、テイクアウトが志向された時期というのも影響しています。

85℃の「五つ星ケーキ×平価」が出現したのもこの時期です。


SARSは台湾初の政権交代後の試練

スターバックスの営業開始から2年後、2000年の台湾総統選挙で民進党の陳水扁が勝利し、台湾で初めて民主選挙による国民党から民進党へと政権交代が起こりました。

しかし、陳水扁政権を襲ったのがSARSでした。

そのSARSは2002年11月、中国広東省で発生し、2003年2月には香港を経由して国際的に拡散しました。

台湾は中国大陸・香港との出張や往来が多かったため、旅行者を介して感染が持ち込まれました。

2023年4月22日台北市立和平医院〔和平醫院〕での院内感染、医療従事者7人の集団感染が保健当局に報告されました。

翌23日までには、救急外来だけでなく病院内の複数階で症例が確認されました。

当局は、男性が診断前に接触した可能性のある職員約930人と患者・訪問者約1万人を追跡する必要があると推定しました。

4月24日、和平医院を全面封鎖しました。医療従事者、患者、付き添い家族など1,300人以上が院内に隔離されました。

目的は感染者を外へ出さないことでしたが、準備が十分でないまま実施されたため、院内では大きな混乱が起きました。

4月22日時点で台湾は29例、死亡者なしでした。

しかし和平医院での集団感染後、5月中旬には264例・34人死亡、6月1日には当時の「可能性例」基準で680例・81人死亡まで急増しました。

SARS流行中は、ホテル、観光、航空、百貨店、飲食店、タクシーなどの利用が急減しました。

人々は病院や公共交通機関を恐れ、隔離対象者への差別や、マスク・消毒用品をめぐる混乱も生じました。


 

SARS流行時は5つ星ホテルがテイクアウトの弁当を販売していた

2003年のSARS流行時には、人々が密閉された空間や人の多いレストランを避けました。

台北の公共交通利用も流行のピーク時には大きく減少しており、人々が感染リスクを避けて日常行動を変えていたことが確認されています。

ホテルの宴会、宿泊、レストラン利用も落ち込んだため、ホテル側は厨房や料理人を活用して、持ち帰り弁当を販売しました。

客はホテル内に長時間滞在せず、入口付近で弁当を受け取れるため、通常のレストラン利用より心理的な抵抗が小さかったのです。

消費者は、同じ150台湾元でも、一般の弁当店とホテルでは受け取り方が違いました。

5つ星ホテルの商品なら

- 有名ホテルの料理人が作っている

- 食材が比較的よい

- 衛生管理がしっかりしていそう

- 普段は高くて入れないホテルの味を試せる

という期待が働きます。

特に感染症流行中は、価格だけでなく、衛生面で信頼できそうなブランドを選ぶ心理も強かったと考えられます。

SARSによって旅行や外食、宴会などの楽しみが減るなかで、ホテル弁当は自宅や職場で楽しめる小さなぜいたくになりました。

普段ならホテルのレストランに入り、サービス料を含めて何百~何千台湾元も払う必要がある料理を、150台湾元ほどで試せます。

そのため、景気や社会情勢が悪い時期でも購入しやすい平價奢華=手頃なぜいたくとして受け入れられました。


85℃ Bakery Cafeのきっかけは5つ星ホテルのテイクアウト弁当

85℃ Bakery CafeのオープンはSARSの流行がきっかけでした。

創業者呉政学は、5つ星ホテルがテイクアウトの弁当をに注目しました。

これを見て「これこそが五つ星ホテルの魅力だ。品質への信頼はSARSの不安すら乗り越えて人を並ばせる」と考えました。

また、かつて経営していた宅配ピザチェーン「熱到家」の事業が苦しくなっていたときに、気晴らしで妻と日本に行ったことを思い出しました。

彼はそこで、ホテル出身の料理人や菓子職人が小規模な専門店を開き、一般消費者がケーキやパンを持ち帰る文化の存在を発見したのです。

彼がこの観察から導いたのは「五つ星の品質を、大衆価格で、しかもテイクアウト形態で出せば必ず売れる」という仮説でした。

そこで、五つ星ホテルの点心主廚・鄭吉隆を7回も訪ねて口説き落とし、最終的に五つ星ホテル出身の主廚を4人揃えて「頂級かつ平価」のケーキを提供できる体制を作りました。

85℃というブランド名の由来は南米グアテマラのアンティグア種のコーヒー豆を厳選し、研究を重ねた結果、このコーヒーが摂氏85度で淹れたときに最も口当たりが良いことを発見したからでした。

さらにこのネーミングはほかの「〜咖啡」「〜珈琲館」といった平凡な店名の中で際立ちます。

具体的な温度という細部を掲げることで、「このブランドは品質に科学的なこだわりを持っている」という印象を、コーヒー一杯を超えてブランド全体に付与する効果があります。

ただし、コーヒーの専門店ではなく、コーヒーやケーキが主役で、コーヒーは添えられるという位置づけです。

正式名称が「85度C咖啡蛋糕烘焙專賣店(コーヒー・ケーキ・ベーカリー専売店)」であることも、これを裏づけています。

つまり自己規定からして、コーヒー単独ではなく「コーヒー+ケーキ+ベーカリー」の三本柱なのです。

実際の客単価や集客の柱を見ても、ショーケースに並ぶ安くて質の良いケーキやパンが主役級で、コーヒーはそれに添えられる存在という色彩が濃いです。


 

85℃ Bakery 1号店開店

2004年7月28日に台北縣永和市(新北市永和区)にて1号店が開店されました。

永和は淡水河(新店渓)を挟んで台北市の中正区・大安区などのすぐ対岸にあり、複数の橋で結ばれていて、多くの住民が台北市中心部へ通勤・通学しています。

しかも永和は、人口密度が台湾で最も高い(かつては世界有数の高さとも言われた)地域で、狭いエリアに人がぎっしり住んでいます。

テイクアウト中心・高回転を志向する平価カフェにとって、これは理想的な立地条件を備えています。

歩いて行き来する住民が濃密にいて、生活動線の中でパンやケーキ、コーヒーを買ってもらえる。

台北市の一等地の高い家賃を避けつつ、台北都市圏の膨大な人口を取り込める場所と言えるでしょう。

そしてて、この店は最初から「五つ星級の饗宴を、庶民的な体験で」という平価五星の戦略を明確に打ち出して市場に切り込みました。

アラビカ種の最高級の淹れたてコーヒーと、五つ星ホテルの主廚を招いて開発させたパンやケーキを引っ提げての参入です。

この1号店は、最初の1か月で400万台湾元を超える売上を記録したと、複数の台湾経済誌が伝えています。当時としては、無名の新規ベーカリーカフェとして異例の実績でした。

この立ち上がりの成功を何より雄弁に物語るのが、その後の展開スピードです。

1号店の開業からわずか4ヶ月後の同年11月24日には、台中市西区公益路に2号店を開くと同時に、全台湾でのフランチャイズ加盟を開放しました。

そして、2006年には台湾の総店舗数が237店になり、スターバックスを抜いて台湾最大のコーヒー・ケーキチェーンになりました。

開業から3年以内に300店舗という驚異的なペースで拡大しました。

当時の85℃は、目立つ看板に「35元コーヒー」「五星級主厨のケーキ」を掲げ、価格を店外からはっきり確認できるようにしていました。

透明なケーキケースを道路側へ向け、通行人に商品を直接見せる店舗設計も採用しています。

これは従来のカフェとかなり違いました。

当時の高級カフェでは、店内に入らなければ価格や商品が分かりにくいことがありました。8

5℃は入口を開放的にして、大きく価格を表示し、高そうに見えるが、実際には安いということを瞬時に伝えました。


85℃ Bakery Cafeのの海外展開

国内で圧倒的な地位を築いた勢いを駆って、海外へ打って出ます。

海外展開の中心となったのは中国大陸です。2007年末に上海へ進出して現地法人を設立し、中央工場を構えました。

進出翌年の2008年には華中地区に狙いを定めて出店を加速し、華南・華北への展開も計画します。

2009年7月には深圳に進出して南方市場の扉を開き、同年9月には南京と北京にも初出店しました。

上海旗艦店の開業から1年半で、大陸だけで55店舗に達したというスピードでした。

上海に39店、蘇州5店、杭州6店、崑山2店、無錫1店と、長江デルタ地域を急速に覆っていったのです。

中国と並行して、欧米・オセアニアへも展開しました。


アメリカでの事業展開

アメリカ1号店は、2008年9月にカリフォルニア州アーバイン(爾灣)で開業しました。

華人が多く集まる大ロサンゼルス圏のアーバインのDiamond Jamboreeというショッピングモールに出店し、開店期間には一杯1元(1ドル)コーヒーの限定販売を仕掛けて行列を巻き起こし、店前の行列が地元の「名所」になったと言われるほどの人気を得ました。その後オーストラリアにも一号店シドニー店を出店しました。

同月のアメリカは、ちょうど大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、金融危機リーマンショックが発生しました。

しかし、開業時から店外に長い列ができたことが当時の地域報道にも記録されています。

普通なら最悪のタイミングに見えますが、85℃の商品構成は不況期と比較的相性がよかったと考えられます。

スターバックス型の高価なカフェ体験ではなく、数ドル程度のパン、ケーキ、コーヒーを組み合わせた「手頃なぜいたく」でした。

高級レストランには行かなくても、珍しいパンを数個買う程度なら家計への負担は小さいためです。

また、アーバイン周辺には台湾系・中国系を含むアジア系住民が多く、台湾で知られていたブランドや、アジア風の惣菜パン・菓子パンを求める顧客を最初に獲得しやすい立地でした。

そこから「トレーを持って次々に焼きたてパンを選ぶ」という店舗体験が、アジア系以外の顧客にも広がりました。

米国1号店は成功しましたが、85℃は金融危機の最中に全米へ一気に出店したわけではありません。

2013年初めの時点でも米国店舗はアーバインを含めて3店舗で、最初の約5年間は南カリフォルニアで慎重に店舗モデルを検証していました。

その後、製造・物流体制を整え、2015年ごろから出店を加速させています。


蔡英文総統の85℃アメリカ店舗訪問によるネットの炎上

なお85℃は2018年に、アメリカ店舗で蔡英文総統(当時の台湾総統)が立ち寄った件をめぐって中国大陸で政治的な論争に巻き込まれたことがあり、両岸関係の敏感さを象徴する事例としても知られています。

2018年8月、蔡英文氏はパラグアイなど中南米の外交関係国を訪問する途上で、トランジット(経由地滞在)としてロサンゼルスに立ち寄りました。

た。

当時の台湾総統が米国本土に「立ち寄る」のは、外交慣行上の「トランジット(過境)」という形式でした。

台湾総統は中南米などの外交関係国を訪問する際、その往復でアメリカを経由地として立ち寄る(乗り継ぎ滞在する)のが通例で、その滞在中に、地元の85℃の店舗を訪れ、店員が総統の来店に大喜びして、クッション(抱き枕)にサインを求めたり一緒に写真を撮ったりした、というのが事の発端です。

騒ぎの直接のきっかけは、感激した現地店員が総統との交流の様子(サインや記念撮影)をネット上に公開したことでした。

それを中国大陸のネットユーザーが見つけて、「85℃が蔡英文に『大きな贈り物(大礼包)』を献上した」と解釈し、拡散させたのです。

中国は「一つの中国」原則を掲げ、台湾の指導者が「総統」として国際的に振る舞うこと自体を認めていません。

ですから、台湾総統が訪れた店というだけで、中国のネット世論にとっては「台独(台湾独立)勢力を歓迎した店」というレッテル貼りの標的になり得たのです。

これは店側にとっても蔡英文氏側にとっても、事前に完全には予測しきれない、中国世論の側の過敏な反応でした。

また、85℃は台湾発でありながら、中国大陸に589店(2018年時点)もの店舗を持ち、売上の相当部分を大陸市場に依存していました。

台湾総統が立ち寄っても、普通の台湾ローカル企業なら「光栄なこと」で済みます。

しかし85℃は、大陸市場という巨大な人質を抱えていたために、「台湾総統を歓迎した」という事実が、そのまま大陸でのビジネスリスクに直結してしまったのです。

この「大陸依存度の高さ」こそが、他の店なら問題にならなかったことを大問題に変えた決定的な要因でした。

これがきっかけで、両岸(中台)にまたがって事業を展開していた85℃が中国大陸のネットユーザーから「台独企業(台湾独立を支持する企業)」というレッテルを貼られ、不買運動を呼びかけられました。

事件の直後は、かなり激しい打撃を受けました。

中国大陸のネットユーザーが85度Cの微博(ウェイボー)を炎上させ、不買を呼びかけ、フードデリバリー(外売)サービスからも商品が下ろされました。

その結果、母会社である美食-KY(コード2723)の時価総額が一時70億台湾ドル近く消し飛んだと報じられました。

ネット上では「85度C」をもじって「92度C」「87度FxxK」「64度C」などと揶揄され、両岸のどちらからも叩かれる惨状でした。

85℃は火消しのため、中国大陸向けの公式サイトなどで「九二共識(1992年コンセンサス=中華人民共和国と中華民国(台湾)の政府間で「一つの中国」問題に関して達成したとされる合意の通称。双方とも『一つの中国』は堅持しつつ、その意味の解釈は各自で異なることを認める」ことで合意したとされるコンセンサス。しばらく内容は非公表だったが、陳水扁総統が当選直後に大陸委員会主任だった蘇起が初めて命名して公表公表。ただし、当時の陳水扁総統、李登輝前総統、辜振甫海峡交流基金会理事長らは、こぞってそのような合意は存在しないと反論)を断固支持する立場は変わらない」との声明を出しましたが、今度はそれが台湾側のネットユーザーの反発を招く、という板挟みの状況に陥りました。

蔡英文氏の外遊が「わざわざコーヒーを買いに立ち寄った」のか「たまたま通りかかった」のかも論争点の一つになりました。

同行者は「宿泊ホテルに戻る途中に店の前を通った」と説明する一方、総統府報道官は「臨時の思いつきではなかった」と述べており、説明に食い違いが見られました。

短期的な不買運動そのものは比較的早く沈静化しましたが、長期的に見ると、この事件は85度Cの中国市場からの後退を象徴する転換点になりました。


中国依存からアメリカ重視に転換

この事件は、85度Cが中国市場に深く依存することのリスクを白日の下にさらし、その後の同社の戦略転換を象徴する出来事になりました。

景となる依存度の高さを確認すると、事件当時(2018年前後)、中国市場は同社の売上の6割以上(2015年には71%にも達していました)を占めていました。

まさに「中国に生殺与奪を握られた」状態だったわけです。

そして近年、その中国市場は劇的に縮小しています。

最新の状況を見ると、2025年には中国で採算の悪い店舗を大規模に閉鎖し、第3四半期だけで10億台湾ドルを超える一時的損失を計上、単期で1株あたり6.06元の赤字に転落しました。

半年で180店以上を閉鎖し、2025年末には中国の店舗数が最盛期から大きく減って260店程度にまで縮小する見込みと報じられています。

2025年12月時点では、中国市場の売上が前年から4割近くも減少し、グループ全体に占める中国の比重は、かつての6〜7割から30%まで低下しました。

その一方で、アメリカ市場が新たな成長の柱として台頭しました。

現在では、アメリカがグループ売上の52%を占める最大市場となり、台湾が18%、中国が30%という構成に変わっています。

アメリカ市場は5年連続で二桁成長を続け、営業額は倍以上に伸び、2024年から2025年にかけてニューヨーク、ニュージャージー、イリノイなど6つの新市場に進出し、店舗数100店を目指す勢いです。

コメント