espresso

By Cafesba , 28 12月, 2025

1987年のスターバックス買収は、現在のスターバックスCEOとしても知られるハワード・シュルツ氏が自身のビジョンであるイタリア風のエスプレッソバー文化をアメリカで実現するために行われました。
シュルツはかつてスターバックスの社員でしたが、1983年にイタリア出張で現地の「バール(立ち飲みカフェ)」文化に感銘を受け、「アメリカにも家と職場の間の『サードプレイス(第3の場所)』を作りたい」と考えました。
しかし、当時のスターバックスは焙煎した豆を小売りする事業がメインで、カフェ運営には消極的で、シアトルのエスプレッソの豆は開発し、Café Allegroに卸したりしていたものの店頭でドリンクを提供するのは見送ってました。
このため、シュルツは経営陣とは意見が合わず、いったんは退社し"イルジョナーレ"というカフェを始めました。
シュルツはオルセンと協力し、3店舗を展開していました。
その後1987年スターバックスの経営陣は、スターバックス事業の売却を検討し始めました。
元々スターバックスはジェリー・ボールドウィン、ゴードン・ボウカー、 ゼブ・シーグルの3人がアルフレッド・ピートの焙煎するアラビカ種のコーヒーに感銘を受けて設立されたものです。

By Cafesba , 27 12月, 2025

アメリカでは1970年頃にイタリアンレストランの人気が出てきました。
アメリカの高級レストランや、Old Spagetti Factory、Spaghetti Warehouseなどのチェーン店の人気が出てきました。
元々は、アメリカは多民族国家でイタリア系アメリカ人も多数いますが、この時期はイタリア料理を全米にチェーン展開するレストランが増えてき、他の民族の間でもてイタリア料理を食べる習慣、イタリアの文化に触れる習慣が広まっていきました。
これによりアメリカ人全体の間でイタリア料理やワインやチーズなどの高級で洗練されたイメージのメニューとして認知されるようになりました。
またこの頃はThe Romagnolis’ Tableというイタリア料理を扱ったテレビ番組がアメリカの公共放送ネットワークPBSで放映されました。
この影響で、ワイン・パスタ・オリーブオイルが「一般の家庭」にまで浸透しました。

By Cafesba , 20 12月, 2025

スターバックス自体は1971年にシアトルで創業しましたが、当初はエスプレッソドリンクを提供するカフェチェーンではなく、焙煎コーヒー豆と器具を販売する専門店でした。

この頃、カリフォルニアのピーツコーヒーの影響を受けて、ヨーロッパで人気のイタリアンローストのようなダークローストコーヒーが人気になり始めていました。

しかし、エスプレッソはまだ普及していませんでした。

コーヒーは一般的に、大きなカップで安く飲むものという認識でした。

イタリアのカフェ文化は馴染みがなく、人々は小さなカップで濃いコーヒーを飲むことに慣れていませんでした。

エスプレッソマシンも高価で、メンテナンスも複雑でした。

エスプレッソは当時のアメリカ人の口には苦すぎると考えられていました。

ドリップコーヒーは低コストで大量生産できるため、確立されたビジネスモデルでした。

By Cafesba , 7 12月, 2025

ベル・エポックは第一次世界大戦の勃発により終焉を迎えました。
しかし、エスプレッソはイタリアで人気を保ち続けました。
ルイジ・ベッツェラ、デジデリオ・​​パヴォーニ、コーヒーマシン開発者、そしてルイジ・ラバッツァといった焙煎業者たちは、エスプレッソの普及に尽力し、当時のイタリア北部の工業都市や大都市のバーでは、エスプレッソが人気を博しました。

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけてのイタリアでは、フランチェスコ・イリーによって、東イタリアのスロベニアに近い港町トリエステに焙煎業者「イリーカフェ」が設立されました。
彼はロベルト・ハウスブラントと共同で事業を開始し、当初の社名は「Caffè e Cioccolato Illy & Hausbrandt」でした。

フランチェスコ・イリーは1892年10月7日、旧オーストリア=ハンガリー帝国のバナト地方テメスヴァール(現在のルーマニア、ティミショアラ)で生まれました。会計士と簿記係として訓練を受けた彼は、第一次世界大戦に従軍し、重要な港湾都市でありコーヒーの産地でもあったトリエステに駐留しました。戦後、彼はそこに定住することを決めました。

By Cafesba , 29 11月, 2025

デシデリオ・パヴォーニは、ルイジ・ベッツェラの発明を商業的に成功させた、エスプレッソの歴史における重要な人物です。
デシデリオ・パヴォーニは、資金とマーケティングの専門知識不足のためにベッゼーラ自身が活用できなかった可能性を認識し、1903年にルイジ・ベッゼーラの特許を取得しました。
1905年、パヴォーニはラ・パヴォーニ社を設立し、エスプレッソマシンの工業生産を開始しました。ミラノのパリーニ通りにある小さな工房で、毎日1台ずつ製造していました。
パヴォーニはベッツェラのオリジナル設計にいくつかの重要な改良を加えました。
彼は圧力解放バルブを発明し、圧力が瞬間的に解放される際に熱いコーヒーがバリスタの体に飛び散るのを防ぎ、抽出プロセスをより安全かつ迅速にしました。また、マシンのボイラー内に溜まった蒸気にアクセスするためのスチームワンドも開発しました。これは、カプチーノなどのドリンクに欠かせないものとなりました。
ベッツェラとパヴォーニは共に、パヴォーニが「イデアーレ」と名付けたマシンの完成に向けて尽力しました。

By Cafesba , 27 11月, 2025

ヨーロッパではパリでエッフェル塔が登場した万国博覧会が開催された1889年頃から、第1次世界対戦勃発までを、ベル・エポック(美しき時代)と呼ばれています。
産業革命によりさまざまな技術が発展し、アール・ヌーヴォーなでの芸術運動が起こった時期でもあります。
その時代にイタリアで新しいエスプレッソマシンを開発したのがルイジ・ベッツェラです。

ルイジ・ベッツェラは、ミラノ出身の酒類製造業者であり、「酒類メーカー」でもありました。20世紀初頭、カップにコーヒーを素早く直接抽出する方法を模索していた彼は、シングルショット・エスプレッソを発明しました。
19世紀後半から20世紀初頭にかけてイタリアが急速に工業化を遂げる中、工場労働者は風味を損なうことなく、迅速かつ効率的にコーヒーブレイクを楽しむ方法を求めていました。
これがベッツェラの革新的精神に火をつけました。

By Cafesba , 24 11月, 2025

第二次世界大戦直後にイタリアでアキレ・ガッジャによって完成されたエスプレッソマシンは、戦前にどのように誕生したのでしょうか?

アンジェロ・モリオンドは1851年6月6日、イタリアのトリノで生まれました。祖父がリキュール製造会社を創業した実業家一家に育ち、父ジャコモが事業を引き継ぎました。ジャコモは後に、兄弟と従兄弟と共にチョコレート会社「モリオンド・アンド・ガリリオ」を設立しました。家業の伝統を受け継ぎ、モリオンドはトリノのカルロ・フェリーチェ広場にあるグランド・ホテル・リグレと、ローマ通りの旧ガッレリア・ナツィオナーレにあったアメリカン・バーのオーナーとなりました。
 

By Cafesba , 23 11月, 2025

ジョヴァンニ・アキッレ・ガッジャ(1895-1961)は、エスプレッソコーヒーに革命をもたらしたイタリアの発明家です。

1930年代、ミラノで家族経営のコーヒーバー「カフェ・アキッレ」でバリスタとして働いていたガッジャは、当時の蒸気抽出機で抽出されるコーヒーの苦味と焦げた味に不満を抱きました。

By Cafesba , 2 9月, 2025

フラペチーノはスターバックスのオリジナルの商品です。  
フラッペとカプチーノを掛け合わせた造語です。  
フラッペは氷を砕いた冷たい飲み物でコンビニやファーストフードでも見かける商品ですね。  
カプチーノはエスプレッソをスチームミルクで割った飲み物です。カプチーノはエスプレッソに牛乳を混ぜたものです。 
1995年にアメリカのスターバックスで販売開始されました。  
元々はスターバックスはコーヒーにこだわる店でしたが、夏になるとコーヒーが売れなくなり、冷たいものを売ろうということで販売されました。  
1994年にアメリカのマサチューセッツ州のコーヒーチェーンのザ・コーヒーコネクションが開発したものを1995年にコーヒーコネクション社を買収したスターバックスが商標権を得て、販売を開始しました。  
元々はカプチーノベースでしたが、コーヒーを含まないクリームベースやフルーツペースのラインナップもあります。

By Cafesba , 1 9月, 2025

ではここでエスプレッソの話が出たので、カプチーノについても書きたいと思います。 
カプチーノは普通のコーヒーと何が違うのでしょう。 
またエスプレッソとも何が違うのでしょう。 
カプチーノは、エスプレッソベースのコーヒー牛乳です。 
エスプレッソ牛乳といったところでしょうか。 
ここで書いた通り、エスプレッソは普通のコーヒーよりも濃厚で香りが強いです。 
また、カプチーノで使う牛乳はスチームミルクという牛乳を蒸気で温めて泡立てたものを使います。 
高温の蒸気を牛乳にあてることにより、空気が含まれている細かい泡ができ、甘みが引き出されるようになります。 
牛乳の乳糖が分解されて甘く感じやすくなるのです。 
この泡になった状態の牛乳をフォームミルクと言います。 
一方で、牛乳を泡であたためた際に蒸気になれず泡になりきれなかった部分をスチームミルクと言います。 
エスプレッソはフォームミルクとスチームミルク、ベースのエスプレッソの比率は1:1:1が基本です。