日本統治時代直後、日本人は明洞の鍾谷峠に喫茶店(キッサテン)を構え、コーヒーの営業を始めました。
ソウルには日本人が経営する2階建てのサロン「靑木堂(チョンモクダン)」が登場し、1914年には朝鮮ホテルが建設されました。
これは日本統治時代における最高級のホテル兼喫茶店として機能しました。
この頃には西洋文化が広く浸透し、日本や西洋で学んだ知識人たちが独自の文化圏を築き上げていたため、喫茶店が誕生する条件が整いました。
1923年頃になると、近代的な喫茶店が登場し始めました。その先駆けとなったのが、明洞の日本人経営の「二見」と忠武路の「金剛山」です。
特に二見は、レストランではなく喫茶店として営業する、近代的な喫茶店の先駆けとなりました。
その後、1927年、映画監督李慶孫(イ・ギョンソン)は観勲洞(クァンフンドン)の入り口に「カカデュ」という喫茶店を開業しました。
彼はは、『春熙(チュンヒ)』や『長寒夢(チャンハンモン)』などの映画を制作し、喫茶店ではイ・ギョンソン本人がタキシードを着て直接コーヒーや紅茶を淹れてサービスをしていたと言われます。
フランス革命を背景にしたオーストリア劇作家アルトゥア・シュニッツーラーの戯曲「青いオウム」からオウムというフランス語「カカデュ」を店名にしたと言われます。