1990年以降の台湾コーヒーの物語は、本質的には「復活の軌跡」です。日本統治時代、台湾には本格的なコーヒー産業が存在し、1945年には栽培面積が史上最大の967ヘクタールに達しました。
しかし第二次世界大戦後、茶やその他の農作物が優先されるようになり、コーヒー栽培は衰退しました。1970年代から80年代にかけてコーヒーはマイナーな農作物にすぎず、現代のコーヒー産業が本格的に形になり始めたのは1990年代以降のことです。
この復活を後押しした要因はいくつかあります。
1990年代以降の産業における最大の特徴は、茶との密接な関係性です。伝統的に茶を栽培してきた多くの台湾の農家が、テロワール(土地の個性がもたらす生育環境)や加工技術に関する深い知識を応用し、コーヒー栽培の試みを始めました。
自然災害を経て成長した台湾のコーヒー産業
国内のコーヒー消費量とカフェ文化の高まりにより、高品質な豆に対する地元での需要が生まれました。また、政府の政策も重要な役割を果たしました。
自然災害(特に1999年の集集大地震とそれに続く台風の被害)の後、政府は農家に対し、土壌や水質の保全効果がより高い換金作物への転換を奨励し、これが国内のコーヒー農園が復活するきっかけとなりました。