北朝鮮当局は1998年ごろから「苦難の行軍」に代えて「強行軍」や「強盛大国建設」といったスローガンを掲げ始め、2000年前後に苦難の行軍の終結を宣言したとされています。
北朝鮮の経済はチャンマダン市場の拡大によって、食糧が配給制度以外の経路でも流通するようになりました。
韓国と北朝鮮は、接近し経済協力をするようになりました。
こうした中、チャンマダンで韓国のインスタントコーヒーが北朝鮮でも飲まれるようになります。
北朝鮮におけるコーヒー文化の普及は、政府の経済政策だけでなく、開城工業団地の労働者とチャンマダンの商人によって進みました。
つまり、南北の政治関係が悪化しても、一度韓国製コーヒーのおいしさを知った北朝鮮の消費者の需要は消えなかったということです。
国際的な食糧支援
1995年の大洪水を機に、北朝鮮は異例にも国際社会へ支援を要請しました。
世界食糧計画(WFP)を中心に、アメリカ、中国、日本、韓国などから大量の食糧が送られました。