苦難の行軍の食糧危機以降、北朝鮮ではチャンマダンがあちこちで開かれ、共産主義の配給は崩壊し、市場経済が発生しました。
しかし、当局が苦難の行軍の終結宣言を出した後も、国際的な支援は続いていました。
この支援団体のうち、スイスの支援団体のADRAによって、2005年、北朝鮮草分けとなるカフェが開業しました。
この後、金正日の後継者となった金正恩の時代に平壌で相次いでカフェが開業されます。
大学生や若いカップルがカフェで時間を過ごすこと自体が新しいライフスタイルになりました。
かつて北朝鮮で外食店は「食事をする場所」という性格が強かったのに対し、カフェではコーヒー一杯を飲みながら話をするという、現代的な余暇消費が生まれています。
ピョルムリ・カフェ(별무리 카페)
ピョルムリ・カフェは、スイスの支援団体が中心となって開設したカフェです。
当時の北朝鮮ではスイス政府やスイス系NGOが、人道支援だけでなく、農業技術の指導や食品加工、経済開発支援まで行っていました。
特に興味深いのは、ピョルムリ・カフェは単なる営利目的の飲食店ではなく、北朝鮮の子どもたちにパンを届ける人道支援事業と結びついていたことです。