朝鮮戦争がいったん休戦という形で終結し、荒廃した北朝鮮を、ソ連を中心とする共産主義国家連合の協力で短期間に復興しました。
その後、1956年に、それまで共産主義国として協力関係にあったソ連と中国が対立し始めます。
共産主義国家連合が崩れ始め、もともとはソ連の強力ばバックアップで樹立した金日成政権も、この頃から自主、自立、自衛の主体思想(チュチェ思想)による自主路線による増産体制を目指し始めます。
しかし、当時の北朝鮮は朝鮮戦争や韓国への脱出者などにより、当時の北朝鮮は慢性的な労働力不足に悩まされていました。
そのような労働力の補充が必要になったことを背景に在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業が始まります。
当時の北朝鮮では、一部の外国人向けの施設を除いて、コーヒーを飲む習慣はありませんでしたが、日本での喫茶店に行った経験やインスタントコーヒーなどの仕送りで、一部の帰国者はコーヒーを飲んでいたと言われます。
ソ連のフルシチョフのスターリン批判による共産主義諸国の変化
1953年ソ連のスターリンが亡くなると、1953年から1958年ごろまで、マレンコフ・ベリヤ・モロトフ・フルシチョフらの権力闘争が起こりました。